今月のことば

 
  皆為一切諸佛供所護念
 いさみあるお念仏を

 阿弥陀佛の慈光のもと、新春をお迎えになられましたこととお慶び申し上げます。
 法然上人は、「念仏にものうき人は無量のたからを失うべき人なり、念仏にいさみある人は無辺のさとりをひらくべき人なり」とお示しになりました。
 お念仏をいやいや申している人はかぎりない宝を失うこととなり、お念仏を力強く勇んで申す人は、無辺のさとりが開かれるということです。日々のお念仏には、やがて「いさみ」が加わり、平生のお念仏がいつしか宝となっていきます。信心も深まり、極楽往生を願う心も強くなってきます。よろこび勇んでお念仏をとなえる人には「無辺の悟」が得られるようになるのです。お念仏は心の糧であり、悲しみ苦しみへの備えであります。
 世情は依然として不安定で、人びとの心も揺れやすい時代です。しかし、そのような時だからこそ、阿弥陀仏の大悲に身をゆだね、お念仏の信仰生活を送ることで、静かな安らぎと確かな生きる力を育むことができるのです。
 本年もお念仏に根ざした潤いのある生活がつづく一年でありますよう心から念じております。
 「鐸 声」
浄土宗新聞 令和8年1月号より転記
  ◆新年に寺院で営まれる法会に修正会がある。中国の年始の儀式を起源とし、日本では奈良時代に「悔過会」(前年の罪過を仏前で懴悔し、新年の天下泰平と五穀豊穣を祈る法会)として始まったようだ。正月に修される法会なので「修正会」というが、ここではあえて違った解釈をしてみよう。

 ◆正義感を持って行動することは大切だが、その自分の正義感の″正しさ″を信じて疑わない人は、時に悪人よりも厄介な場合がある。本人は自分が正しいことをしていると思っているので、その自分の行動を省みることがないからだ。

 ◆そこで重要になるのが「メタ認知」、つまり自分の行動を客観的に把握し、認識することだ。正義感に基づいて行動しても、「それは本当に正しいことなのか」と自分の行動を振り返ることが大事なのである。

 ◆「修」は「手を加えて治す(修理)」の意味もあるので、「修正」とは「自らの正しさ(価値観)を修理する」と理解できる。浄土宗的に言えば「愚者の自覚」だ。修正会を通じて謙虚に自己を反省し、真っさらな気持ちで一年を始めよう。 


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